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 一通り里内を見て回った俺は、人の姿をちらほらと見かけるようになったころ『うみの家』へと帰って来た。
 何と声をかけて入ろうかと玄関口で逡巡しているとガラッと扉が開けられて目の前に笑みをたたえたシンさんが立っていた。
「おかえり」
 俺がどう答えたもんかと悩んでいるうちに、さらりと声をかけられた。
 『お帰り』そう言われたら返す言葉は決まっている。イルカさんには簡単に口にしていた言葉だったはずなのにどういう訳か彼に言われるとこそばゆく又、テレが先に立ち相手に聞こえるか聞こえないかの小さな声で「ただいま・・・」と答えるのがやっとだった。
 きっと俺は耳まで赤くなっている事だろう。
 俺は余りの恥ずかしさに俯いたまま家へとあがった。
 俺の後をついてくるかと思われたシンさんはその場を動かず
「クロ・・・君の御飯は、テーブルの上に置いてあるから、それを食べてね。マナとサクとカカシ君は任務に出たよ〜。カカシ君は昼過ぎには帰って来ると思うよ。サクとマナは・・・早ければ夕方、遅くても夜になると思うよ。で、僕もこれから任務なんだけど帰りは夜半過ぎか明日の早朝になると思うから、悪いんだけどイルカと留守番よろしくね♪ とりあえず短い時間だけどぶつけ本番よりはいいかと思って予行練習のつもりでよろしくね。昼ごはんはイルカと君の分だけでいいから適当に食べてね。一応お金も渡しておくね」
 お金の入った財布を俺に向けて差し出し彼はにこやかにとんでもない爆弾を投下してくれた。
「とーちゃー!! いにゃいの?」
とイルカが玄関から聞こえる声に興味を覚えたのか、トテトテとやって来た。
「おぉー。悪い、悪い。イルカ!! これからちゃんと、父ちゃん出かけるぞー。イルカー、クロ君と一緒にお留守番よろしくな〜」
「あーーぃ!!」
 シンさんの言葉に元気よく返事をしてイルカは俺を見やり側にいたカルパに向かって手を伸ばし、わんわんと目を輝かせてにじり寄ってきていた。
 どうやらイルカは昨日の事を覚えていたらしく、そういう行動をとったようだった。
 カルパは俺を見上げて来たので俺は頷いてやると
「ふーー」
とため息を吐いて
「吾子よ。我は、ワンワンではないのだが・・・・・・」
 どうやら気にしていたらしく小さいイルカに一応訂正を入れてみていた。
 カルパが喋った事に吃驚していたイルカだが暫くすると、キラキラとした雰囲気を振りまいて同じく吃驚していたシンさんに向かって
「ワンワン、はにゃすの〜♪」
と、とても嬉しそうに報告していた。
 イルカの言葉に我を取り戻して
「よかったな〜、イルカ〜。一杯お話しできるなぁ〜」
と話を合わせてから俺に聞いてきた。
「コイツ話す事が出来たのか?」
「どうやら、契約の関係で今朝ほどから話せるようになったようです。もともと人語は理解していたようなのでさして不便がなかったようなのですが、話せるようになってからの意思の疎通は、スムーズになってとっても楽にはなりましたよ〜」
「人の言葉を話せるのならこれほど頼もしい事はないな見たままをそのまま報告して貰えるしネ。クロ〜本当に君はいい子を見つけて来たよね〜。 おっと、長いをしすぎたかな? そろそろ僕も行って来るよ。イルカ〜、クロ君と良い子でお留守番しててネ〜」
 最後にそうイルカに向かって話しかけて、シンさんは今度こそ家を出る為に扉へとその手をかけた。
 こんな時イルカさんが、何時も俺に向かって言ってくれていた言葉が咄嗟に俺の口を吐いて出た。
「・・・ご・・ご武運を・・・」
 まさか自分がこの言葉を口にする日がこようとは夢にも思っていなかった俺は、しどろもどろに幾分テレを含み目線は明後日を向き、気まり悪く気付けば後頭部をかきまわしていた。
 そんな俺の姿をどう思ったのかは知らないが、シンさんは、俺の方を振り返って満面の笑みを浮かべ
「行ってきます」
と一言答えて任務に赴いて行った。

 2人取り残された俺達はお互いに顔を見合わせて・・・ 俺は慣れないながらもぎこちなく笑顔を取り繕って
「・・・イルカ・・・君・・・よ、ろしくね?」
と言うのがやっとだったが、そんな俺に臆することなく彼はニッコリ会心の笑顔を俺に向けてくれた。
 何となく手を彼に向けると、イルカは更に嬉しそううにして俺の手をキュッと握って来た。

 とりあえず俺は、朝飯にするためにイルカを伴って居間に向かう事にした。


 俺が、家の中を見て回り他に仕事がないか確認している間、カルパにイルカと庭で遊んでもらうように頼んだ。
 一通り家の中を見て回った後俺は庭に面した縁側に腰を下ろしてそこから庭で遊んでいる彼らの様子を見守る事にした。
 庭では仔犬姿のカルパがイルカに潰されそうになりながら彼と遊んでいる姿があった。
 余りにも体格の差がありすぎるなと思った俺は
「あのさ〜、お前ってもう少し体格大きく出来ないの〜? せめてその仔を背に乗せられるぐらいにさぁ〜」
と声をかけると遊んでいたカルパは、俺の傍までやってきて
「出来ない事もないけれど今の状態では、余り長い時間は出来ないぞ・・・。主が名を決めてくれれば我は主の望む姿でいられるのだがな・・・」
と責任はお前にあるんだと言わんばかりの眼差しを向けて答えた。
 1人おいてかれたイルカはカルパの後からトテトテと一生懸命な足取りで俺の所にやって来た。
 そして深刻そうな話をしている俺達の事などそっちのけでイルカは
「クオちゃーは、どろどろ〜んできうの?」
と、興味津々で聞いて来た。
どうやら俺の服装を見て聞いて来たようだが、俺にはイルカの尋ねたいことが分からずに「どろどろん?」とどうやら口に出していたようだった。
「う〜んと・・・とーちゃー、かーちゃー、カーチのとーちゃー、カーチがどろどろん、しゅるの〜」
と、とっても嬉しそうに答えていた。
 ふとその言葉に思い当たる事がありイルカに聞いてみた。
「イルカ・・君、どろどろんって忍術の事?」
 するとイルカは頭を縦に大きく振って元気に
「うん!! しょう〜 どろどろん!! やって〜」
と更に可愛くおねだりしてきた。
 そのあまりの可愛さにくらくらしながら俺は子供だましの術を発動させた。(水遁(すいとん)・水風船の術)とコップ1杯分程の水がイルカの顔を濡らした。
 最初は吃驚していたようだがどうやらその術が気に召したようで、キャッキャッと歓声を上げて
「もっちょー!! もっちょー!!」
と強請って来た。
 俺は調子に乗ってイルカに向かって、その術を何度も発動させた。
 イルカはふとどこからともなく飛び出してくる水にとても楽しそうに戯れていたので、調子に乗って俺はその術の応用で本当の蛇のように水を操りイルカの周りで踊るように動かした。
 水の動きが変わるとイルカは「しゅごーい!! しゅごーい!!」と瞳を輝かせてはしゃいだのだった。
 イルカは気が済むまではしゃぐと徐に両手をニギニギしてその手で印らしきものを組んでみたりしていた。
 どうやら印を切ってるつもりのようだった。
 出来るかどうかわからないがちょっとした出来心だったし、まだ小さいイルカが術を発動する事は出来ないだろうと高をくくって、印だけでも知っていても良いかと、そんな軽い気持ちで気紛れを起し俺はイルカにその術の印の組み方を教えた。
 印はたった2つ、水を出すだけならコレだけで事足りる。
 イルカは俺が教えた印を小さい手と短い指を駆使して何とか印を組めるようになった。
 それを俺が手放しで褒めるとイルカはとっても照れ臭そうにでもとっても嬉しそうに二カッと笑った。
「クオちゃー。みちぇっみちぇ〜」
と言うが早いが印を切りその術を発動させた。
 ほんのちょっぴり水がぴちょんと出る程度だったけどそれを見た俺は吃驚して固まってしまった。
 イルカは振り向いて
「みちゃ!! みちゃ!! みじゅでちゃよ〜」
ととっても嬉しそうに報告してきた。
 俺はかろうじて凄い凄いと頷く事しか出来なかった。  イルカは水が出た事が嬉しかったらしく暫くはその術の発動ばかりしていた。
 一応俺はイルカのチャクラ量に気を配りながら今真っ先に考えなければならない、カルパの呼び名を考える事にした。
 名さえ決まればカルパは労せずに大きさを変えられるとのことだが、いざとなったらイルカの気をそらす為に無理して大きくなってもらう試算でいた。

【劫(カルパ)・・・ねぇ〜。略して、カルとかカパとかルパ? ・・・却下だねぇ〜。さてどうしたものかねぇ〜。カルパ、かるぱ、劫・・・!? うん? 劫って書いて、カルパって読む・・・劫って・・コウって読めたよねぇ〜。しかも確か時間を現すんだったよねぇ〜〜〜。アイツがそれでいいって言ったら名は劫(こう)できまりだねぇ おっとそろそろイルカにも止めさせなくっちゃね・・・】

「イルカ・・君〜。今日はもうお終いにしてねぇ〜」
 聞こえるように声を掛けたけど忍術を発動させる事に夢中になっている彼には聞こえなかったようだ。
 俺の側にいたカルパに向かって
「悪いんだけど〜、彼が背中に乗れるくらい大きくなって呼んで来てくんない?」
と声をかけるとしぶしぶながらもカルパは立ち上がりブルりと身震いをするとその姿を成犬並みの大きさに変え軽く跳躍するとイルカのすぐそばにおりたちイルカの服の襟首辺りを軽く噛むとポイッと抛るように軽々とイルカを背に乗っけて何食わぬ顔で戻って来た。
 自分に何が起こったのか分からなくってキョトンとしたまま、その背に揺られ2人は俺の傍まで戻って来た。
 ちょっとどうかとも思ったのだが、パックン達にするように俺は「ありがとう〜」とお礼を口にしてその頭部を撫でくりまわした。
 カルパも他の犬と同じだったらしく撫でられる事が嬉しいのかその手にグリグリとその頭を摺り寄せて喉をグルグルいわせて、その尾をパタリ、パタリと振っていた。
 カルパを撫でながらイルカに俺は言った。
「イルカ・・君。何時もよりも疲れてなーい?」
となるべく分かりやすく聞いたつもりだったが、イルカはその顔に ? を浮かべてその小首を傾げた。
 その後何かに納得するようにその首を縦にコクコクと振った。
 そしてイルカは自主的に家にあがり、手洗い嗽をしに行った。
 その後、日当たりの良い畳の上にゴロンと横になってしまった。
 暫くイルカの様子を見ていたが、その後起きだす様子もないので、側によってみると、イルカはスヨスヨと気持ちよさそうに眠っていた。
 いくら日差しが暖かいからとそのままで寝かせるのはいけないと思って俺は自分のベストを脱いでイルカにかけてやった。
 掛け布団が何処にあるのか分からなかったのと、家探しをするのが面倒だったので代わりのモノとしてかける事にした。








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