情けないことに俺はこの家に着いたあたりから記憶がはっきりしなくて目が覚めると知らない天井が見えた。
 どこか古めかしく、どこか懐かしい、そしてとても安心して泣きたくなるような部屋に寝かされていた。
 ぼんやりする頭で起きだした。
 ぽやぽやとしながら廊下を歩いているとすぐそばの襖を開けて女の人が出てきた。
「あら、起きたのね♪ 洗面所はあっちよ。顔を洗ったらココにいらっしゃい。食べるものを準備しておくから」
 そう言い終わるとその人はまた奥に取って返して俺の為の食事の準備に取り掛かりに奥の台所へと消えて行った。
 とりあえず言われたとおりに洗面所へ行き顔を洗ってから指定された部屋へと戻ってくると部屋の卓袱台の上には出来立ての御飯が置いてあった。
 俺の席を挟むようにして父親…はたけ サクモとうみの シンがそれぞれ座っていて俺の正面には彼女が座っていた。
 はっきりとは断定できないがきっと彼女の名前は昨日2人の話の中に登場したマナなる人物なのでは、と思った。
(まっ、何れ紹介してくれるでしょ)と思い俺は目の前に用意されたご飯を平らげることにした。
「いただきます」
 きちんと手を合わせて食事の挨拶をした。
 イルカさんに感謝だな。全くマナーのなっていなかった俺に色々教えてくれた。おかげで人前に出ても恥ずかしくない程度には身についていた。
 どうやら子供のころに身につけていたようだ。
 ので、忘れていたのを思い出したという方が正しいのかもしれない。

 イルカさんのおかげで、昔のイルカさんのご両親の前で恥はかかなくて済みましたよ。

 そんなバカなことを思いながら、箸を手に取り用意されたご飯にパクッと食いついた。
 すぐ傍から、ハァー――、と盛大な溜息が聞こえてきた。
 そちらに目をやると、父親がやれやれといった感じで頭を振っていた。
 俺はその行動が気になったけどとりあえずは口の中のモノを飲み込むまではと我慢して咀嚼した。
「その、大きな溜息は何なんですか…」
 ちょっと拗ねた感じで聞いてみれば
「……忍なら簡単に他人の出したモノを疑いなく口に入れるな! 毒でも盛られていたらどうするつもりだ」
「……」
 返す言葉もなかった。でも、いくら忍として厳しかった父親だとしても、ここが過去の世界であったとしても、イルカさんの両親が作った料理に毒などと例え嘘であってもそんなことを言われたくなかった。俺は思わず
「ご心配なく、一応毒への耐性はありますので…、それにこちらの方は、任務でもないのに同胞に毒など盛らないでしょう。例え話でもそれはご飯を用意して下さったこちらの女性に失礼だと思いますよ」
と、言い返して飯の続きを食べ始めた。

 ほんの一呼吸の後、目の前の女性とシンさんが腹を抱えて笑いだした。
 あまりの事態に俺は吃驚して食べることを忘れて二人の様子を見ていた。
 父さんは頭を抱えるような格好をして、苦虫を噛み潰したような顔をして笑う二人を恨めしそうに見やっていた。
「サ・サクちゃんの負けよ。ふふふ、君気に入ったわ、私は、うみの マナよろしくね。クロちゃん!」
「……」
 あまりの事態に停止した思考の為俺は反論することを忘れていた。
 その結果、彼女にとって俺の名は、『クロちゃん』となってしまったようだった。
 この先何度も「コクロウです」と言っても聞き入れてはもらえなかった。
 この時、何で否を唱えなかったのかと、後にマナさんの事を2人から教えられて後悔した。


 何とか俺にとっての朝食を食べ終わって2人に連れられて火影様のところへ行く時になってマナさんが「私も行くわよ!」とニッコリ笑って宣言した。
 2人は同時に息を吐き出して何かを諦めたように項垂れていた。
 結局、火影様の所へは、俺と父さんとシンさんとマナさん、それに2人の子と、…子供の頃の俺の6人で赴いた。

「……大所帯でぞろぞろと押しかけよってからに…(はぁ―――)」
 やって来た俺たちを見て火影様はしかめっ面をして溜息を吐いた。
 とりあえず火影様の前に俺、父親、シンさんが立った。
 マナさんは子供たちと一緒に俺たちより少し離れた所に立っていた。
 沈黙が下りた。居心地の悪い沈黙が……
 逡巡ののち火影様がやっと口を開いた。
「お前たち3人にくだった任務は覆らない。……お」
 火影様の話途中に殺気にも似たうすら寒いまた怖気が走るような気配が後ろから立ち上った。
 俺はその気配を感じ取って反射的に振り向きたい衝動にかられた。
 しかし、本能が振り返ってはダメだと警鐘を鳴らしていた。
 振り返ったら殺られると……、振り返りたい衝動を堪えるために隣りに立っている父親とシンさんの様子を盗み見た。
 2人は目を瞑って神に祈るように一心不乱にブツブツと口の中で唱えているようだった。
 しかし、その表情は青ざめて冷汗と思しきものをダラダラと流していた。
 2人のあまりの豹変ぶりに俺は急に現実をもって更なる危機を身近に感じた。
 火影様ならこの状態を何とかしてくれるかと期待をもって見やってみると、青ざめた顔で米噛みをヒクヒク引きつらせて固まっていた。
 すると後ろから陽だまりを思わせるような穏やかなマナさんの声が聞こえてきた。
「カカシ君、悪いんだけどイルカを連れて部屋の隅で待っててくれるかな?」
 その場の雰囲気にそぐわないその声に俺は思わず振り返ってしまった。たとえどんなことがあっても振り返らない方が良かったと思う光景が広がっていた。
 陽だまりのような温かい笑みを浮かべた聖母のようなマナさんが子供たちと話しているほのぼのとした光景が繰り広げられているのに、彼女の背には、夜叉か、羅刹もしくは般若を思わせるモノを背負っていた。
 それを見た瞬間俺は死を覚悟した。
 1ミリたりとも体を動かすことが出来なかった。

 小さい俺は彼女の言葉を聞くとコクンと頷くと
「イルカ、いこう」
 手を取り部屋の隅へと移動していった。
 彼女は子供たちが部屋の端に移動したのを確認すると静かに一歩また一歩と火影様の前へ進み出ていった。
 彼女は極上の笑みをたたえて火影様に詰め寄った。
「この任務、3人のうちの誰かが残ることが出来ないのなら私は任務を放棄しますからね。たとえ抜け忍扱いにされて里を追われる事になろうとも……」
 彼女は火影様を脅すように言いきった。
 気まずい沈黙がその場を支配した。

 彼女の勢いに気圧されていた火影様が我を取り戻してその場の雰囲気を取り戻すように思いっきり執務机を力一杯叩いた。
「え〜い! 人の話は最後まで聞かんかー!」
 その一括で、彼女が放っていた気配がなりを潜めた。
 彼女は最後まで、火影様の話を聞くことにしたみたいだった。
 隣から小さくふーっと息を吐き出す音がした。
 どうやら一先ず身の危機は去ったらしい。
 そのことに俺は安堵してしまったらしくみっともなくも、足をガクガクいわせながらその場に座り込んでしまった。
 我ながら情けないが腰が抜けて立ち上がれなくなってしまったのだった。
 そんな俺をよそに話は進んでいった。
「まずは、サクモとシンもしくはマナのどちらかと、コクロウとでスリーマンセルを組んで任務に就いてもらいたい。一緒に行った両名が納得する実力がコクロウにあるか調べるのだ。あの任務についての話はそれからだ。もちろん裏の顔でよろしく頼む」
 火影様の話を聞いた3人はそれぞれにアイコンタクトで話し合ったのか代表でマナさんが返答した。
「わかりました。とりあえずは! 火影様の意見に従いましょう。とりあえずは! ということでシン! 任務はよろしくね♪」
 朗らかに彼女はシンさんに任務を丸投げした。
 話が決まったぞ! となって火影様が初めて俺がへたり込んでいることに気がついた。
「お主、そんな所に座って何をしているのだ?」
 理解不能とデカデカと顔に書いて聞いてきた。
 火影の言葉に一斉に三人の目も俺を見た。
 ひどくいたたまれなかった俺はなるべくぶっきらぼうに聞こえるように装いながら答えた。
「安心したら腰が抜けた」
 その一言にマナさん以外の人たちが口々に、やれお前のあの気は初めての奴にはきっついから手加減しろだの、やれお前の本性知られたのだの、それなりの力を持っているのにこれしきの事で腰砕けとは情けないだの、言いたい放題言ってくれていた。
「ごめんなさいね。ちょっと怖かった? 子供たちのことになるとつい・・・ね」
 テレながら謝罪して俺に手を差し伸べて立たせてもらった。
 まだ少しぎこちないが立つことはできるくらいにまでは回復していた。
「マナよ。ほどほどにしておけよ・・・。ほれコクロウ、面と服だ。隣の部屋でさっさと着替えてこい。お前との話はそれからだ!」
 俺は服等を受け取って隣の隠し部屋へと移動した。
 未だに俺の体は先ほどの恐怖を覚えているのか緩慢な動きしか出来なかった。
 やっとの思いで俺は暗部の服に着替え終わりさてこの服はどうしようと頭をひねっていると、部屋の扉がノックされた。
「入るわよ!」
 声がかけられたと思ったら俺の返事も聞かないうちにその扉が開いた。
 マナさんが入ってきて俺の姿を見やった。
「着替え終わっているわね。この服はうちで預かることになったから」
 彼女は言うだけ言うとたたんで置いてあった服をひょいっと持ってすたすたと部屋を出て行った。


「では、そのように頼む」

「それでは、失礼いたします」
 俺が火影様の執務室に戻ってくればそこには、マナさんの姿しかなく彼女もまた退室してしまった。
 ほかにどうすればよいのかわからないので俺は、火影様の前に立った。
「シンとマナから聞いたが今のお主は、変化の術と何かしらの封印術をかけているそうじゃな。悪いがそれらを全て解いてもらえんかのう」
「…それは必要なことなのですか? しかも昨日言いましたよね。俺は一定の距離より外には出れなかったて……。よもや忘れたとか言いませんよね」
 俺は思わず耄碌したかこの爺と恨めしげに見やった。
「忘れてはいない……だが、本当に外に出れないかは分らんだろうが。状況を変えれば出られるかも知れないではないか、ものは試しだと思ってあきらめい!」
 思わず盛大な溜息を吐きそうになった。
 火影様に助力を頼むのだから時空の移動で不安要素になりうることは遅かれ早かれ話さねばならないだろう。その時期が少し早まっただけと思い直し俺は髪の変化と左目の封印を解いた。
 それでもやはり踏ん切りはつかず左目は閉じたまま火影様を見やった。
「何故、左目を封印しておったのだ?」
 とても不思議そうな顔をして尋ねられた。
 俺も覚悟を決め
「他言無用ですよ」
 一言添えるのを忘れずに言い置いて左目を開いた。
 俺の目を見た瞬間火影様が息をのむのがわかった。
 何もかける言葉が見つからず俺は肩を竦めて見せて左目を閉じた。
 そこで初めて呪縛から解かれたように火影様が深く長い息を吐いた。
「……わしが特殊な術をかけておくとしよう。そうじゃのう…姿はそのまま、髪は黒。チャクラ量を少し抑えよう、その左目も封印する。ただし、写輪眼を使用する時は左目にチャクラを集めればわしがかけた術は解け本来の姿と力が戻るように細工もしておいてやる。封印を解いたらいちいちわしの所に来るように!! またかけなおしてやるからな。絶対来るのじゃぞ!! 分かったなコクロウ! そうじゃ! 暗部の時は『ギンロウ』と名乗ること」
 ニヤリと火影様は悪戯を思いついたとばかりの笑みを浮かべた。
 俺としては、もう好きにしてとばかりに適当に
「はい、はい。分りましたよ。仰せのままに」
 投げやりな返事を返すだけで精一杯だった。






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