黎明《サンプル》


一部抜粋 その壱

 気が付けば俺を取り巻く世界は何もなかった。
 そこは何処まで行っても真白い世界だった。
 世界には俺とアイツの2人だけしかいなかった。

 俺の名はシャチ。
 俺は自分が何よりも大事だった。
 でも、俺は世界を何よりも憎んでいた。
 俺を取巻く世界の何もかもを滅ぼして、壊して、消し去りたい程に。

 アイツの名はクライメン。
 アイツは、世界を何よりも深く愛していた。
 でも、自分自身を何よりも憎んでいた。
 この世界から殺して、滅して、肉の一片たりとも残さずに消し去りたい程に。

 俺達はまるでコインの表と裏の様な、はたまた対極に相対する様な性格だったのだ。

 真白な世界で俺達は沢山話した。
 自分の記憶や思いを
 そんなたわいのない事を話していて俺達はともに気が付いた。
 俺達の記憶は目覚めた時から別れていて、それ以前の記憶は同じモノを持っていた事に
 しかし、俺達が共通して持っていた記憶は、俺達にとっては他人事にしか感じられなかった。
 だから、俺達はこう思うのだった。
 元は1人だったのだろうと、けれど何かしらの理由で俺達2人に別れてしまったのだろうと・・・。
 何がきっかけで俺達は2人に別れたのか知らないが、俺達は自分を肯定し、自分を否定する、世界を肯定し、世界を否定する。
 そんな相反する思いを抱いては生きていけなかったのか、心を守る為に元の自分はきっと心を2つに別ったのだろうと俺達は思ったのだった。
 だから俺は自分じゃなくて、自分であるアイツを受け入れられたし、アイツも自分であって、自分じゃない俺を受け入れたのだった。


 ある日俺達は目覚めた、うみのイルカとして。
 目覚めたばかりの頃は、何も知らずに俺達は交代で外に出ていた。
 俺達が外と接触を持つようになると、真白な世界は少しずつその姿を変えていったのだった。
 最初は真白な世界が色づいていった。
 その次には小さいながらも自分の心を写した様な部屋が出来た。
 そして外の人間と接触するたびに、アイツの周りには人が増えていったが、俺はいつまでたっても独りだった。

 うみのイルカとして俺達が生活を始めたばかりの頃は、日毎交代して外の世界と接触を持っていた。
 結果、俺とアイツでは性格が違う為、周りの人達に困惑を与えたのだった。
 しかし、周りの人達はよく「イルカは丁度思春期だから・・・・・・」とか「あんな事があれば、トラウマになって人格に少なからず影響を与えたのかもしれないし・・・・・・」とか、俺達に聞こえない様に配慮して話していた。
 そんな人達の話を俺達は隠れてよく盗み聞きしていたのだった。
 だから俺達は、そんな周りの反応を見てイルカとしていつも表に出ているのは、人当たりの良いクライメンの方がいいだろうと決めたのだった。
 しかし、ずっと内側に籠もっているのも退屈だろうと気を利かせたクライメンの配慮で、森の中等で独りになった時は俺が表に出たのだった。



 記憶の中にあった『親』と言うモノに初めて接触を持った時も俺達には実感が無かった。
 だからどうしても、最初の頃はぎこちなくしか接するしか出来なかった。
 親でさえそんな感じだった俺達は、目覚めて直ぐの時は記憶の混乱による一時的なモノと医者に判断される程には周りの人達を警戒したのだった。
 俺にいたっては、それ以外に威嚇もしまくったのだった。
 しかし、クライメンに任せてからは特にコレという程他人との衝突は無く、人間関係は円滑かつ円満に行われていったのだった。


 イルカはアカデミーで過ごしている年頃だったが、目覚めた時の俺達の行動のおかげで心配した周りの者達によって数か月の間休む事になったのだった。
 アカデミーに通うようになった時、俺はクライメンに頼んでアカデミー内で過ごしている間、クライメンが見たり聞いたりしているのを俺にも見せて貰う事にした。
 これは、記憶の共有と言う。
 それは体験している者の了承さえ得られれば内に籠っていてもその記憶を疑似体験している様な感覚で覗き見が出来る事を言う。
 そうやって、俺はクライメンが懐に入れた人間達を覚えていった。
 もし、いつかクライメンを裏切る様な者がいたら俺のこの手でこっそりと滅殺してしまおうと心に決めていたからだった。
 俺は他人が大嫌いだったから、いつか皆殺しにしてやろうとは思っていた。
 しかし、それをしてしまうとクライメンが悲しむ事を知っていた俺は、アイツにとっての仲間にあたる人間は殺さない事にしたのだった。
 だが、それ以外の人間は俺のこの手で殺すことを心に決めていたのだった。
 だから、今から俺はクライメンにとっての仲間を覚えていたのだった。
 それは『殺してはいけないモノ』として・・・・・・。



一部抜粋 その弐

「どうもすみませんでした、イルカ先生」
「いえ、気にしないでください。ただ、カカシ先生が楽しそうにお話する様な店の方がいらっしゃる事に驚いていただけですから」
 にこやかに答えを返してくれるイルカだったが、やはりどことなく緊張しているようにカカシには見受けられた。
 頼んだ料理がそろうまでの間、カカシとイルカは取りとめのない会話を続けていたのだった。
「女将、悪いけど俺が呼ぶまでココには近づかない様にしてもらっていいかな?」
 カカシは、最後の皿がテーブルの上に乗ったのを待ってから女将に人払いを頼んだ。
 口調は頼んでいたが、安易に近づくなと釘を刺しているのと同じだった。
「では、ごゆっくり」
 女将はカカシの頼みを聞き入れると最後にそう締めくくってその場を後にしたのだった。
 カカシは女将が遠ざかったのを確認してからその口火を切ったのだった。
「さぁ、食べてください。聞きたいことがあるなら何でも聞いて構いませんが、食事はちゃんとしてくださいね」
 イルカが何か聞きたそうにしているのはその緊張具合から分かっていたカカシは、イルカが話し出しやすいように和らな雰囲気を出した。
「いただきます」
 しかし、イルカはいきなり質問はせずに腹を満たす事にした様だった。
 暫くは2人黙って目の前の料理を食べて、酒で喉を潤していたのだった。
 そしてイルカは酒の力を借りる様に質問を口にするのだった。
「どうして、カカシ先生はオレなんかを食事に誘ったんですか?」
「どうしてって、そんなの決まってるじゃないですか、イルカ先生とこんな風に過ごして話して見たいと思ったからですよ」
「うそだ!! そんなの変ですよ、だってカカシ先生はずっとオレの事避けてたじゃないですか。そんな言葉じゃオレは騙せませんよ」
「ふぅ、そうですねぇ、確かに俺はあなたを避けていました。でも、今は違います。あなたに興味があるんです。そして食事を一緒にしてみたいと思ったんです。だから今日チャンスとばかりにイルカ先生を誘ったんですよ。それに正直に話すと初めてイルカ先生に会った時俺は、あなたが怖いと思ったんです。だからあなたを避けてました、本当にすみませんでした」
「・・・・・・あの時、アイツに会ったからですか?」
「否定はしません」
「そうですか」
 その後、意気消沈してしまったイルカとは一言も話せずに食事は終わってしまった。
 カカシは、失敗したかな?と危ぶんでいた。

 店を出るとイルカは此処で別れる為の挨拶をするのだった。
 しかし、カカシはまだ本来の目的を果たしていなかった為、イルカが帰る方角を聞きだし自分も同じ方角に帰るからご一緒しましょと有無を言わさずイルカとつれ立って帰路に着くのだった。
 しかし、気まずいまま何も話は無く黙々と歩き続けた為、2人が別れなければならない時が来てしまったのだった。
 カカシは、決意はしたけどイルカの事を思うと思う様に切り出せなかった自分の意気地のなさに落胆を禁じ得なかったが、もう後が無いとなるとなりふり構ってられなくイルカを傷つけるかも知れないと思いながらも切り出さずにはいられないのだった。
「イルカ先生。もし、出来るのならアイツ、八咫烏と話をさせていただけないでしょうか」
 やはりイルカを傷つけてしまったとカカシの言葉に一瞬顔を歪めたイルカを見て後悔する心は止めようがなかった。
「・・・・・・。分かりました。良いですよ。アイツも貴方と話したいって言ってますから」
 そのイルカの言葉に俺は
「イルカ先生は、他の人格であるアイツを認識出来るんですか?」
「・・・・・・、カカシ先生になら知られてもいいと了解も得てるので話しますが、オレ達は互いを認識してます。記憶の方は、其々が別々に持っていますが、記憶の情報でしたら表に出ている奴の許可さえ得られば、知ることが出来ます」
「それは・・・、ス ゴ イ デ ス ネ 」
 そんな事が可能なのか分からなかったカカシには感情を乗せてその言葉を紡ぐことが出来なかった。
 それでも、この住宅街で八咫烏と話す事は出来ないとイルカを誘って慰霊碑まで移動した。
 慰霊碑にこんな時間にやってくるものなどいないだろうとの判断からこの場を選んだのだった。
 周りを確認したイルカは目を閉じ、そしてその眼を開けたらそこにいたのは八咫烏だった。
「よう。俺に何の用だ?」
「本当に、お前は俺とバディを組んでいたアイツなんだよな」
「当たり前だ。あの時は面をしていたから素顔の俺が分からないってわけじゃないだろう。面なんて大した意味は持ってないからな」
「あぁ、面だけで隠せない者もいる」
「ふん。つまりお前は信じたくないだけなんだな。俺もうみのイルカだと言う事実を・・・」
「・・・・・・、そうかも しれない」
 そうして2人は黙り込んでしまったのだった。
 どれくらい時間がたったのだろうかその沈黙を破ってイルカが別れを切り出すのだった。
「もう、俺に用はなさそうだな。それじゃ帰るとするか」
「待って!! その体は、うみのイルカだが、お前達にそれぞれの名は有るのか?」
 まさかそんな質問をされるとは思っていなかったイルカはいきなり腹を抱えて笑い出した。
「俺は、シャチ。他の奴の名を聞きたければ本人に聞け!! あばよ、カカシ」
 ひとしきり笑い気が済んだイルカは、何の躊躇いも無く自分の名を口にして、初めてコードネームじゃないカカシの名を呼んだのだった。
 まさか答えて貰えると思っていなかったし、自分の名を呼ばれるとも思っていなかったカカシは一瞬呆けてしまったのだった。
 しかし、その一瞬の間にイルカは元に戻ってしまったのだった。
「・・・、オレは・・・・・・クライメン」
 逡巡の後、イルカは、その名を名のって脱兎のごとくその場から逃げたのだった。
 独り残されたカカシは、あまりの事に朝日が差すまでその場に突っ立っていたのだった。



一部抜粋 その参

 そこには、3人のイルカがいた。
 1人1人は別々の色の場所にいたが、カカシがその空間の真ん中に降り立つと2人のイルカが近寄って来たのだった。
 それぞれのイルカの表情を見てやって来たのは、クライメンとシャチの様だった。
 その場を動かなかったイルカは、何時ぞや見かけた夜のイルカの顔をしていた。
「「いらっしゃい、俺(オレ)達の世界へ」」
 良心と悪心の様な2人なのに俺に話しかける言い方はユニゾンと言って良い程に一言一句の狂いも無かった。
「どうも。ココにはお前達しかいないの?」
「相変わらずそっけねぇのな。ココにいるだけしか俺は知らないぜ」
「こんな風に貴方を交えてシャチと話せるなんて夢にも思いませんでしたよ。そうですね・・・、オレも知りませんよ。それにここ以外に行く気なんておきませんでしたし・・・」
「つまりお手上げなのね。・・・所でアイツは何でここに来ないの?」
「ミナミはあそこから出れないんだってさ」
「ミナミはオレ達2人が許容出来ないモノを受け持っているからあそこから出れないんだそうですよ」
「ふーん。もしかしてあの子後から生まれたの?」
 2人はただ頷くのだった。
 カカシはそのまま2人がミナミと呼ぶイルカの所へと向かった。
 何故か2人とも後をついてくるのだった。
「初めましてと言うべきなのかな?」
「初めまして、カカシさん。ボクはミナミよろしくね」
「1つ聞くけど、君はイルカの事を何か知ってるの?」
「カカシさんが誰の事を言っているのかよく分からないですが・・・・・・、ここよりもっと深い深い所で誰かと会った様な気がするんです。もっともそれもボクがボクとして存在出来る前の頃の話何で確証も何もないんですけどね」
 ミナミの言葉を聞いてカカシはもっと深い所へといく事を決意する。
「ありがとね。・・・俺、お前達と面と向かって話せてよかったよ。ミナミの言葉に縋ってもっと深い所へ行くよ。じゃぁね」
 そういうとカカシはもっと深い所へと思うだけでズブズブとその世界の下と思われるところに沈んでいくのだった。
 闇の中を沈んでいるのか進んでいるのか分からなくなるほどいる。
 すると、闇にも色がある事が解った。
 深い所へと思って進んでいけばいく程闇は濃く深くなっていくのだった。
 段々と自分の輪郭すら闇に解けようかという頃、闇の中に繭の様なモノが認識出来た。
 カカシがそれに近付けば近付くほど今の姿が若返っていくのだった。
 繭の様なモノの中へ潜り込んだ時には、イルカと初めて会った頃の姿へとなっていた。
 その中の中心で誰かが小さく丸く蹲っていた。
 その姿はまるで全てを拒絶しているようだった。
  生きる事も
  誰かと触れ合う事も
  死ぬ事も
  別つ事も
  存在そのモノも
 カカシに触れる事を躊躇わせる何かがソレにはあった。
 接触する事を一瞬躊躇ったが、それでは何も解決しないとカカシは意を決するのだった。


どんな感じのお話かコレで少しでも分かるといいのですが・・・。
ウインドウを閉じてお戻りください
Copyright(C)2012 蟻地獄@薄翅蜉蝣 all rights reserved.