夜桜 何かに呼ばれたような気がして俺は目が覚めた。 起きるには早すぎる時間 周りを見渡すが誰もいない。 そんなの当たり前だ、なんせここは独身寮の俺の部屋なのだから。 誰か居るほうがおかしい、俺は独り暮らしなのだから。 きっと気のせいだと片付けて俺はまた寝るために布団に潜り込む。 しかし、目が冴えてるわけでもないのに眠れなかった。 やはり、誰かにもしくは何かに呼ばれているような気がして眠ることができなかった。 何度も何度も寝返りを打ってそして溜息を吐きだし俺は眠ることを諦めた。 ふと窓から差し込む月光に誘われるように俺は、月夜の散歩と洒落こむことにした。 おりしも今は桜の季節 夜桜を楽しむのもまた良いだろう ラフな格好で俺はあてもなくぶらぶらとさまよった。 夜の桜は月光を浴びて仄かに白く浮き上がるように見えるのが幻想的だった。 まるで昼の顔と夜の顔があるように見えた。 そんなわけないのに、夜だろうが昼だろうが桜は桜なのに 夜の桜はなぜかうすら寒く感じた。 その白く浮きあがる花がまるで魔物ように見えてくるような感じがした。 昼の桜が華やかなら夜の桜は物悲しくひらひらと散りゆく花弁 ゆっくりとその桜並木をさまよう そこは、昼の花見の宴のあと 喧騒ににぎわっていたのに今は…… その桜並木をあてどもなく進み行けばいつの間にかぽっかりと開いた空間に辿り着いた。 その空間の真ん中にはそれは立派な桜があった。 その桜はほかのと比べるとほんのりと紅みがかった色をしていた。 それを見た俺は、『紅い桜の下にはねぇ、死体が埋まっているんだよ。その死体の血を吸うからその桜は紅く咲くんだよ。覚えておいてね。イルカ』と誰かにそう言われたのをふと思い出した。 ふるりと訳もなく俺は身震いをした。 その桜の麓にはひっそりとたたずむ人影があった。 その情景はまるで一つの絵画のようだった。 美しくて、まるでこの世のものとは思えない儚さがあって。 まるでそのものは月の妖魔のようだった。 よく見ればその人影は暗部装束に身を包んだ人だった。 その暗部はその面を外してその桜を眺めていた。 まるで桜に魅入られたようにただひたすらに眺め見ていた。 その面影は月の光に照らされて闇夜に輝いて見えた。 白くその身を浮き上がらせて 本当にこの世のものではないように 眺めれば眺めるほどにまるで月の化身のようにも見えてくる 両極端な雰囲気を持ち合わせた希有な存在 俺は、そんな彼の者の姿に魅入られたようにただひたすらに桜並木から眺め見ることしか出来なかった。 どれくらいこの不思議な情景を眺めていただろう 強い風が吹き抜けて行った。 俺は腕で目を庇ってその瞬間、彼から目を離してしまった。 風がやんでもう一度目をやった時には既にその人は居なくなっていた。 まるでその人は、ひと時の夢か幻のように消えてしまった。 その人が本当に存在するか分からないけど俺はもう一度会いたいと思いながら帰路に就いた。 その光景はなぜか俺の心に焼きついていた。 fin 拍手粗品へ |