ささやかな幸せ





 任務を終えて、3週間ぶりに里に戻ってきた。
 任務内容は大したことはないが、時間だけがやたらとかかる任務だった。

 疲労困憊…… と言うよりは、イルカ先生不足に、かなり参っていた。
 早くイルカ先生に会いたかった俺は、申し訳ないがパックンに報告書の提出をお願いして、自分はイルカ先生の家を一路目指していた。


 ふと、商店街にさしかかると里を出る前より華やいでいるようだった。

 よく見ると、何やら幟が何本も立て掛けられていて、そこには『valentine』と言う文字が書かれていた。
 何やら甘い匂いが商店街を満たしていた。
 どうやらスイーツを扱うお店が賑わっているようだった。
 ふと見やると、ショーケースに チョコのお菓子がたくさん並んでいた。

 何時もなら甘いモノは遠慮するのだが、心も体も疲れきった今の俺には、魅力有る食べ物だった。


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『所詮バレンタインなんて製菓会社の陰謀よ!!』

 急に何時だったか誰かに言われた言葉を思い出す。
 俺は苦笑いしながら(確かにこれは製菓会社の企みみたいだなぁ)と思った。
 ショーケースの中を物色している彼女たち。その眼差しは真剣、ともすれば殺気立っているようにも伺える。

『でも、その時にしか手に入らないモノも有るからついつい買いにいっちゃうのよねぇ』

 あぁ。確かに目移りしそうな程種類は豊富に取りそろえているなぁ。と苦笑しながらなんとなくぼんやりと眺め歩いていた。 ふと、何かが目につき気になった俺はふらりとその店に入っていった。
 彼女たちの中にふらっと入り込み俺はショーケースの中身を物色してみた。
 そのチョコを見た瞬間イルカ先生の喜ぶ顔が浮かんできた。
(これ、イルカ先生と食べたいなぁ)
 そう思って俺は思わずそれを買っていた。
 痛いほどの視線を感じて思わず周りを見回せば、みんな不細工な顔を晒して俺を一心に見つめているようだった。
 俺は内心恐れおののきながらも表情には一切出さずにその場を後にした。

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 ポケットの中にはは先程購入したチョコを入れてホクホクした気持ちにスキップしそうな勢いで、イルカ先生の家への道を進んだ。
 先生の家の前で一度深呼吸をしてその扉を叩いた。

 少しすると、中からパタパタと足音が近づいてきて勢いよく扉が開けられた。
「お帰りなさい。カカシ先生」
「っ…ただいま。イルカ先生」
満面の笑みで俺の帰りを喜んでいるイルカ先生を俺はギューッと抱きしめた。
「痛いですよ。カカシ先生!! それだけ力を入れられるなら怪我とかは無さそうですね」
 俺に怪我が無いことを真っ先に確認し、腕を回して、俺を労うように、ぽんぽん と背中を軽く叩いた。
 一時の間そうしていた俺は、イルカ先生に、任務帰りだから、シャワーを浴びてくるねと言って、チュッと額にただいまのキスを落として風呂場に向かった。



 イルカ先生は何時も俺が、ただいまのキスをすると真っ赤になって俯いてしまう。 そんな彼を俺は可愛いと思い愛想が崩れる。本当にイルカ先生は可愛い。
 イルカ先生の笑顔や、照れた表情を見ているだけで心が満たされ、俺の疲れなどすぐに吹っ飛ぶから不思議でしょうがない。 脱いだ服のポケットからさっき買ったチョコが顔を覗かせていた。
(あっ!! すっかり忘れてたよ)苦笑しながら俺はイルカ先生と一緒に食べようとしていた。それを手に取り、忘れないように着替えのそばに置き直した。

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 早くイルカ先生と一緒にチョコを食べたかった俺は、カラスの行水も真っ青な勢いで風呂場を後にした。

「イルカ先生!! これ一緒に食べましょう♪」
「カカシ先生!! これあげます」

 同時に俺たちは手に持っていたモノを差し出していた。
 イルカ先生は俺の手の中にある包みと俺の顔を交互に見て、あの店にいた彼女たちと同じ様な顔をしていた。
 俺は小首を傾げて
「俺の顔に何かついていますか? そういえば、コレを買ったお店でも同じ様な反応されちゃいましたが。何ででしょう?」

「……… ぅっ ぷっ あはははは。だ…っめ……くる…しぃ。クックックッ」

 突然笑い出したイルカ先生にビックリしている内に、彼は笑いながら互いの手のモノを交換し、包みを開けて、その中のチョコを一つひょいっと食べてしまった。
 イルカ先生がなぜ笑っているのか解らないが、俺もイルカ先生から渡された袋をガサガサと開け中にあったチョコクッキーを一つ食べた。
 それは、そんなに甘くなく、イルカ先生の愛情に溢れたクッキーだった。

 イルカ先生の笑顔を見ながら食べたそれは、幸せの味がした。






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